大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和34年(ワ)4356号 判決

原告 入山みさ

右特別代理人 入山トリ

右訴訟代理人弁護士 米村正一

被告 大阪合同株式会社

右代表者代表取締役 小安悳

右訴訟代理人弁護士 佐藤六郎

右訴訟復代理人弁護士 寺崎萬吉

被告 冨士興産株式会社

右代表者代表取締役 小森直矩

右訴訟代理人弁護士 谷川八郎

右訴訟復代理人弁護士 岡村勲

主文

(一)  被告大阪合同株式会社は原告に対し、別紙物件目録記載の土地につき

(1)  東京法務局新宿出張所昭和三二年三月一三日受付第五、三四二号をもってなした根抵当権設定登記

(2)  同出張所同年九月六日受付第二〇、〇二四号をもってなした所有権移転請求権保全の仮登記

(3)  同出張所昭和三三年二月二五日受付第四、〇九五号をもってなした所有権移転登記

の各抹消登記手続をせよ。

(二)  被告冨士興産株式会社は原告に対し、別紙物件目録記載の土地につき、東京法務局新宿出張所昭和三二年一一月五日受付第二五、一七二号をもってなした根抵当権設定登記の抹消登記手続をせよ。

(三)  訴訟費用は被告らの負担とする。

事実

第一、当事者の申立

一、原告

主文同旨。

二、被告ら

1、原告の請求を棄却する。

2、訴訟費用は原告の負担とする。

第二、請求の原因

一、別紙物件目録記載の土地(以下本件土地という。)は原告の所有である。

二、しかるところ、本件土地については、被告大阪合同株式会社(以下被告大阪合同という。)のため、つぎのような登記が経由されている。すなわち、訴外新栄産業株式会社(以下新栄産業という。)が昭和三二年二月二七日被告大阪合同との間に化学製品の継続的取引契約をするについて、原告が訴外新栄産業の連帯債務者となり、かつ債権極度額を金七〇〇万円とする根抵当権を設定した旨の登記が東京法務局新宿出張所昭和三二年三月一三日受付第五、三四二号をもってなされ、ついで同出張所同年九月六日受付第二〇、〇二四号をもって、同月五日付売買予約にもとずく所有権移転請求権保全の仮登記、さらに同出張所昭和三三年二月二五日受付第四、〇九五号をもって、同月二〇日付売買による所有権移転登記が各経由されている。

三、また本件土地については別に、東京地方法務局新宿出張所昭和三二年一一月五日受付第二五、一七二号をもって、訴外新栄産業が、被告冨士興産株式会社(以下被告冨士興産という。)との間の同日付鋼管類の継続的取引契約にもとずく債務を担保する目的で、同日被告冨士興産のため債権限度額を金一、五〇〇万円とする根抵当権を設定した旨の登記が経由されている。

四、しかしながら、原告は前項の各契約を締結したことはなく、また何人に対してもさような契約をするについて代理権を付与したこともない。

よって被告らに対し、当該被告のため経由された前項の各登記の抹消登記手続を求める。

第三、答弁および抗弁

一、被告大阪合同

(一)  請求の原因第一項につき、原告がかつて本件土地を所有していたことは認める。

同第二項は認める。

(二)  訴外新栄産業の代表取締役である入山勝之助は昭和三二年二月二七日被告大阪合同との間に化学製品の継続的取引契約を結ぶとともに、妻である原告の代理人の資格で、訴外新栄産業のみぎ取引にもとずく債務につき連帯債務を負担し、かつ原告所有の本件土地に対し債権極度額を金七〇〇万円とする根抵当権を設定した。その後昭和三二年三月一五日にいたり、双方合意の上、みぎの債権極度額を金九〇〇万円に増額した。

ついで昭和三二年九月五日原告代理人勝之助は被告大阪合同との間に、本件土地につき売買の予約を結び、同月六日所有権移転請求権保全の仮登記を経由した。そして被告大阪合同は昭和三三年二月一〇日代金を金八九七万六、六五〇円とする売買完結の意思表示をし、同月二五日所有権移転の本登記手続を経由した。

(三)  かりに、勝之助が、本件土地につき前記のような代理行為をする権限がなかったとするならば、表見代理の成立を主張する。すなわち

1、原告は、勝之助と事実上婚姻した昭和一一年一二月二〇日から昭和一六年五月一一日長男弘文をもうけるまでの間、すなわち原告が精神分裂症を患う以前に、同人所有の不動産の管理や家政全般の処理を委任して代理権を与えた。またこれとは別に、勝之助は旧民法第八〇一条による財産管理権にもとずき、本件土地の管理行為につき代理権を有していた。

2、勝之助は第二項所掲の各契約を締結するに際し、原告の実印、印鑑証明書、委任状を所持していた。また勝之助は、原告の代理人として、昭和二八年八月から昭和三〇年一一月までの間原告所有の東京都新宿区淀橋三五三番地の一区画につき抵当権ないし根抵当権の設定、代物弁済の予約をなし、また昭和三〇年頃同番地の一区画を他に売却処分したが、被告大阪合同は、これらの行為について、夫婦間および第三者との間に紛争が生じたというようなことはきいていない。したがって被告大阪合同としては、勝之助が第二項の代理行為をする権限を有するものと信ずるにつき正当な理由がある。

3、さらに、勝之助は原告の夫として日常家事代理権を有するものであり、同人のなした第二項の各代理行為はみぎ代理権を踰越したものであるところ、被告大阪合同は、勝之助がその代理権限内でみぎの代理行為をするものと信じたのであるが、そう信ずるについては、前記のような事情があったから正当の理由があるものと考える。

二、被告冨士興産

請求の原因第一項および第三項は認める。

第四、抗弁に対する原告の応答、反論

被告大阪合同主張の第二項は否認する。原告は一〇数年来精神分裂症を患い爾来精神異状を続け、現在も不完全寛解の状態にある。したがって同被告主張の契約締結当時、原告は代理権授与の意思能力を欠いていた。

同第三項1、のうち、原告が精神分裂症の発病以前に、同人所有の不動産の管理や家政の処理を委任して代理権を与えたとの点は否認する。勝之助は入婿であるから、旧民法第八〇一条による原告所有不動産の管理権は実際上有していなかった。

同項2、のうち、勝之助が原告の代理人として、被告主張の頃その主張する原告所有の土地につき抵当権ないし根抵当権の設定、代物弁済の予約をしたこと、およびみぎの代理行為に関し第三者との間に紛争がおきていないことは認める。

第五、原告の反論に対する被告両名の応答

原告が、請求の原因第二項の各契約を締結する当時、精神分裂症のため、みぎ契約の締結に関する代理権を授与するについて、意思能力を欠いていたとの点は否認する。

証拠≪省略≫

理由

第一、被告大阪合同に対する請求について

一、≪証拠省略≫を総合すると、つぎの事実が認められ、この認定を左右するに足りる証拠は見出しえない。すなわち

訴外新栄産業の代表取締役入山勝之助は、昭和三二年二月二七日被告大阪合同との間に、化学製品の継続的売買契約を締結するとともに、妻である原告の代理人の資格において、訴外新栄産業の負担すべき売買代金債務につき金七〇〇万円を限度とする連帯債務を負担し、かつ原告所有の本件土地に対し債権極度額を金七〇〇万円とする根抵当権を設定した。ついで勝之助は前同様原告の代理人として、昭和三二年九月頃前記抵当債務を担保するため、被告大阪合同との間に本件土地につき代物弁済の予約を締結した。

しこうして本件土地につき請求の原因第二項の各登記が経由されていることは当事者間に争いがない。

二、そこで勝之助が原告のために前記のような代理行為をする権限を有していたかどうかについて考えてみると、さような代理権限の存在を肯認するに足りる証拠は存在せず、かえって≪証拠省略≫を総合すると、勝之助はそのような代理権を有しておらなかったことが肯認できる。

三、そこで表見代理の成否について判断をすすめる。被告はまず原告は昭和一一年一二月二〇日から昭和一六年五月一一日までの間に、勝之助に対し、原告所有の不動産の管理や家政全般の処理を委任して代理権を与えた旨主張する。しかしながらそのような事実を肯認できる証拠は無く、かえって≪証拠省略≫を総合すると、原告はそのような行為を委任したことはないことが肯認できる。つぎに被告は、勝之助は旧民法第八〇一条による夫の財産管理権にもとずき、本件土地の管理行為につき原告を代理する権限を有していた旨主張する。そしてこの主張は正鵠を射ている。ところでこの代理権は、民法親族規定の改正とともに消滅したのであるが、被告とても、この事実を知らない筈はあるまい。そうだとすれば被告の民法第一一〇条と第一一二条の競合による表見代理成立の主張は、その余の点につき判断するまでもなく失当たるを免れない。

四、さらに、勝之助の日常家事代理権を基本代理権とする民法第一一〇条の表見代理の主張について審究してみる。民法第七六一条は、日常の家事に関し夫婦は各自管理権をもつことを前提としたものと解するのが相当であり、この場合表見代理の適用を認めて然るべきものと考える。ところで日常家事に関する管理権の範囲は明確に限定されており、何が権限外の行為であるかは客観的に明瞭であるのだから、それが第三者からみて明瞭でないのを通例とする任意代理について表見代理を認める必要があるのとは、その事情を異にしている。さような点等を考慮に入れるときは、第三者が日常家事の範囲に属すると信ずるにつき正当の理由がある場合にかぎり、みぎの管理権を基礎として表見代理を認めるのが正当であるといえよう。本件についてこれをみれば前認定のように、訴外新栄産業が、被告大阪合同との間の継続的売買契約にもとずき負担すべき債務について、連帯債務を負担し、本件土地につき根抵当権を設定し、代物弁済の予約を締結することが、日常家事の範囲に属する、と信ずるについて、正当の理由があるかどうかによって、表見代理の成否が決定されるわけである。ところがこの点に関する被告大阪合同の善意、無過失については、これを肯認するに足りる証拠は存在しない。さようなわけで被告の前記表見代理の主張も失当といわなければならない。

五、してみれば、勝之助が行なった第一項の各代理行為は、すべて無権代理人によるものであり、本人である原告には効力が及ばないから、請求の原因第二項の各登記も実体面に符合しない無効のものである。故に本件土地の所有者である原告が、被告に対してみぎ各登記の抹消登記手続を求める本訴請求は理由がある。

第二、被告冨士興産に対する請求について

一、請求の原因第一項および第三項は当事者間に争いがない。

二、≪証拠省略≫を総合すると、訴外新栄産業代表取締役入山勝之助は、昭和三二年一一月五日頃被告冨士興産との間に鋼管類の継続的取引契約を締結するとともに、妻である原告の代理人として、被告新栄産業の負担すべき売買代金債務を担保するため、債権極度額を金一、五〇〇万円とする根抵当権を設定したことが認められる。ところが勝之助が前記代理行為について、代理権を有していたという点については、これを肯認できる証拠は見出しえない。してみれば請求の原因第三項の登記は実体面に符合しない無効のものというべきであるから、被告に対し、みぎ登記の抹消登記手続を求める原告の請求は理由がある。

第三、よって原告の被告両名に対する本訴請求は、すべて正当として認容することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条第九三条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 石崎政男)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例